ポルノグラフィティ12thアルバム『暁』の全曲感想(全曲試聴あり)
今作は新藤晴一が全曲作詞ということで、歌詞にフォーカスしてレビューしていく。
01. 暁
入りの「あゝ」の弱々しい声の震えを聴いて一瞬で身に染み渡る。
弱き者よ どれほど待っている? 暁
これは弱者のための曲なのだ。
いつまでも続くコロナ禍、止まらない物価高、大して上がらない給料。
それらに疲弊し、喘いでいる者たちに向けた歌なのだ。
『テーマソング』が背中を押す弱者救済だとしたら、『暁』は闘魂ビンタの如く訴えかけてくる。
「強くあれ」と。
02. カメレオン・レンズ
不倫ドラマのタイアップ曲。
そのミステリアスな歌詞を要約するとすれば、
「君と僕とは同じ空を見ることもできないほどすれ違っている。
それでも僕は月蝕の夜(=空が一つになる時)を待ち続けるよ」
といったところか。
クオリア問題(簡単に説明すると、私が見ている赤とあなたが見ている赤が「同じ色」である保証なんてないよね、この「赤」っていう感覚はどこからくるんだろう?みたいな哲学上の問題)から話を広げて歌詞に落とし込むのは流石。
03. テーマソング
ザ・応援ソング。
でも決して他人事ではなく、どこまでも聴き手に寄り添った柔らかな後押し。
ほら 振り向けば夕日があって 燃えるような熱い赤
ほら 見上げれば空があって 泣きたくなるほどの青さ
で赤と青の対比があり、「今 その胸は震えているか?」。
コロナやら仕事やら勉強やらに忙殺されて、原初的な感動を忘れていないか。
ちゃんと人として人らしく生きていられているか。
そんなことを優しく問いかけられている。
04. 悪霊少女
『Zombies are standing out』へと続く曲かつ「悪霊」ということで、どんなおどろおどろしい曲なのかと思ったら、思いっきり裏切られた。
少女の「恋」を「悪霊」に例えるギミックだった。
でも実際に恋って「身悶え苦し」んだり、「身を焼かれる」ような思いをしたりと、比喩なんだけど比喩じゃないという面白い構図の歌詞。
「暗黒の館」に足を踏み入れた少女に待つのは悲劇か祝福か。
それは誰にも分からないだろう、新藤晴一を除いて。
05. Zombies are standing out
圧巻のサウンド面は置いておいて、この歌詞で言う「ゾンビ」って何の比喩なんだろう?と考えたときに、いわゆる「社畜」のことなんじゃないかと思った。
あるいは社畜的な、本来の目的も忘れてただひたすらに労働を強いられている者。
私は体力的に到底社畜にはなり得ないのだが、そんな存在がこの世にごまんといるらしい。
そう考えると、この曲もある意味応援ソングなのかもしれない。
立ち上がれ Living dead
は上司あるいは会社に反旗を翻せと言っているように聞こえるし、
Zombies remember me 夢見た日を
お前にだって夢見た日々があっただろう、と語りかけているようにも思える。
末期症状の「ゾンビ」を救済する一曲。
06. ナンバー
おとぎ話のように動物や昆虫が多数出演する歌詞。
ノスタルジーに満ち満ちていて、数字は数えるのではなく自然が満ち欠けすることで教えてくれる。
ここで言う「数字」というのはノスタルジーと対比的なあくせく働く現代文明そのもので、そんなもの無くったって現実は勝手に「Life Goes on」していくだろう。
曲調と相まって、脳裏に浮かぶ青空の田園風景が美しい一曲。
07. バトロワ・ゲームズ
これは流行りのFPSをそのまま歌ったもので、それ以上のメタファーとかは特にないのかな。
そういう点では、少し物足りない一曲。
08. メビウス
ポルノグラフィティ史上最大のメンヘラ曲。
もう歌詞がほとんどひらがななのが表現方法として空恐ろしい。
実際死に際になんて漢字は浮かばないのかもしれない。
「あかい目で見ていたくない」とか生々しすぎて胸が痛む。
「わたし」は「やさしいあなた」に無事に逝かせてもらえたんだろうか。
「やさしいあなた」のその後も想像すると、薄暗い気分になる。
09. You are my Queen
こういう馬鹿みたいにラブラブでのほほんとした歌詞は岡野昭仁の専売特許だと思っていたが、そうでもなかったらしい。
何というか、おとぎ話調に仕立てられた歌詞は曲調と相まって非常に微笑ましい。
こういう曲がアルバムに一曲くらいあったっていいじゃないか、というささやかな主張が聞こえてきそうな一曲。
10. フラワー
映画『こんな夜更けにバナナかよ』の主題歌だったらしいが、私はこの作品は観ていない。
でも「命」がテーマの作品だとは知っていて、そうなんだとしたらこれほど映画にマッチする曲もないだろうと思う。
ただ一輪の花の力強さ、美しさ、孤独、迫りくる死の影、その間際に感じた孤独からの解放、死と生の循環……。
一番サビとラストサビの歌詞が同一というのはままある話だが、この曲においては生命の繰り返しを語るために必然だったと思う。
曲の力強さ、そして詩の美しさに拍手。
11. ブレス
『劇場版ポケットモンスター みんなの物語』の主題歌というだけあって、子供に向けてのエールを綴った歌詞。
『テーマソング』が大人向けだとしたら、こちらは子供向け……とはならないのが新藤晴一。
趣向の凝らし方が大人でも唸ってしまう部分が散見される。
簡単に重ねるんじゃない 君を
すぐに変わってゆくヒットチャートになんか
の部分はきっと「俺たちも含めてね」というどこまでも自嘲的な意味合いも込められているだろう。
また、特に一番の歌詞は自分自身に言い聞かせているようにも読めてくるから面白い。
12. クラウド
2021年に新藤晴一と女優・長谷川京子との離婚が発表された。
ゴシップは知らないし、知りたくも別にないのだが、多分その件に関する新藤晴一なりの独白のような歌詞。
こんなにキレイな出来事だけでは恐らくなかっただろう(そうだったら離婚なんてしないだろう)が、結婚生活のキラキラした部分だけを取り出している。
岡野昭仁は自分の体験をそのまま歌詞にすることがままあるように思うが、新藤晴一のこんなに有り体な歌詞も珍しい。
クラウドに保存するように、人生の区切りとして作品を一つ世に出しておきたかったのかもしれない。
13. ジルダ
私は普段音楽を聴くときに、ほとんど歌詞が頭に入ってこないタイプだ。
なのでこの記事を書くために改めてジルダの歌詞を読んで、思わず吹き出してしまった。
何が「スペシャルでゴージャス」や。
「きっとドレスの方が似合うはず」とちゃうねん。
ってかそもそもジルダ彼氏持ちやんけ、浮かれてるんとちゃうぞ。
まあ、この浮かれっぷりが曲調とぴったりなのでそこは流石、と言ったところか。
「マグリオット」なる出所不明の言葉が出てくるが、以下のツイートの考察が面白い。
初めまして。いつも楽しく見させていただいてます
— 竜宮ルナ (@tatsu_miya_RUNA) August 4, 2022
フランス語で「私の吟遊詩人」という意味のma griotがあるそうですが、発音的にはマグリオットにはならないとか
からかうという歌詞からだと、「偉大なるマグリット」の、オペラ歌手になりたい音痴の女性主人公でしょうか
マグリオット、謎ですね…
個人的にはフランス語の「ma griot」を英語読みして「私の吟遊詩人とまではいかないけど」とからかっている、という説を推したい。
14. 証言
「壮大なテーマソング」ならぬ壮大なラブソング。
失恋ソングの冒頭で悪魔によって愛が引き裂かれる、というのは探せばあるのだろうが、私は今までに聴いたことがなかった。
それが引き出す世界観の壮大さと神話性・普遍性。
「星」「鳥」「ハリケーン」といった一般名詞が意味以上の意味を持つようになる。
完璧なものなど この世にはないと
言うのなら あの愛はそれを
覆した ほんの一瞬
たくさんの星が証言してくれるはず
この四行に、『証言』で言いたいことの全てが詰まっているように思える。
愛は完璧と言えるまでに尊い。
ほんの一瞬だったかもしれないが、あの愛は確かに存在した。
他の誰が代弁してくれなくとも、満天の星空だけがそれを証言してくれるはずだ。
難解なMVに引っ張られて最初は曲そのものを聴けていなかったが、今となってはアルバム曲の中では一番の傑作だと思っている。
15. VS
一見するとアニメタイアップに絡めて過去と現在を対比した曲のように思える。
でも「バーサス」という文言が引っ掛かる。
少年と戦うの?
いや、違う。
これはきっとak.hommaにおんぶにだっこだった時代を少年と見立てて、大人になった(独立した)自分たちと「バーサス」しようという、自叙的な意味合いも含まれているのではないか。
そう考えると、デビュー20周年の東京ドームの舞台で本編ラストに歌唱したのがこの曲というのも納得できる。
あのライブのセットリスト後半は「少年ポルノグラフィティ」と「大人ポルノグラフィティ」の曲が交互に並べられていた。
そして彼らはこう歌った。
「こっちも戦ってんだよ」と。
これは少年ポルノグラフィティに対する報告であると同時に、彼らへの小さな宣戦布告でもあったに違いない。